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東京地方裁判所 平成4年(ワ)8614号 判決

主文

一  被告は、原告に対し、金四八三万〇八三五円及びこれに対する平成三年四月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その三を原告の、その余を被告の各負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

理由

一  請求原因1(事故の発生)の事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、請求原因2(責任原因)の事実について判断する。

1  本件エレベーターが被告の所有かつ占有する本件工場の建物の構成部分であることは当事者間に争いがなく、以上の争いのない事実及び《証拠略》によれば、次の事実が認められる。

(一)  被告は、OA機器の精密部品の製造販売を目的とする会社であるが、平成二年、地上三階地下一階の本件工場を建設するに当たり、被告補助参加人に注文して、地下一階から地上三階まで通ずる作業用のエレベーターを設置した。本件エレベーターは、幅約一・二メートル、高さ約二・四メートルの外扉の一方の端にある把手に手を掛けて横に開けるようになつている手動式で、各階の外扉の右側壁にはかご表示灯兼操作ボタンが設けられ、外扉を開けると更にかごの蛇腹式内扉があつて、これを手で開けてかご内に入る構造となつている。外扉及び内扉は裏側にも存在し、かごには二方向からの出入りが可能であり、本件エレベーターは主に荷物運搬用であるが、かごの内部にもかご表示灯兼操作ボタンが付けられ、人も入れる仕組みになつている。本件工場には一階から上階に通ずる階段はあるが、地階へ行く階段はなく、非常用として鉄製パイプの梯子があるのみである。

(二)  被告は、平成二年一二月、被告補助参加人から本件エレベーターの引渡しを受け、試運転中ではあつたものの、平成三年一月二〇日から二四時間体制で使用していた。本件事故の発生前にも、本件エレベーターの外扉を閉めた後、反動で外扉が戻り少し開いている状態で、かごを移動させる電流回路が作動し、他階の呼び出しに応じてかごが呼出階まで移動してしまい、密閉していない外扉が手動で容易に開いてしまうことが五、六回あり、被告代表者(当時は専務取締役)も二、三回これを経験し、その都度、被告補助参加人に連絡して調整修理させた。

(三)  原告は、長男と従業員一名を使用して金属回収業を営んでおり、被告とは三〇年来の取引で金属の残材を回収していた。原告は、以前にも仕事先で手動式エレベーターを使用したことがあつたが、本件工場に初めて回収に行つた平成三年三月中旬には、被告の従業員と一緒に本件エレベーターに乗つたので自ら操作したことはなかつた。原告は、同年四月一六日午前六時三〇分ころ、無蓋オイル缶に入れて地下一階に集積されている金属丸棒の切粉を回収するため、本件工場の一階の本件エレベーターの前に赴き、右側壁のかご表示灯でかごが一階にあるか否か確かめることなく、本件エレベーターの外扉の把手に手を掛けて横に引いたところ、容易に開いたので、そこにかごが来ているものと信じて足を踏み出したが、かごが来ておらず、約三・八メートル下の昇降路の底部のコンクリート床面に転落した。原告は、上方を見るとかごが二階にあつたので、かごに押しつぶされてはいけないと考え、立ち上がつて昇降路の鉄枠を伝つて地上一階へよじ登り、昇降路の側壁を手で叩いて大声で助けを求め、駆けつけた被告の従業員に一階床部分へ引つ張り上げてもらい救出された。

(四)  本件事故の当日、当時の被告代表者であつた吉越正善、現在の被告代表者、被告から連絡を受けて駆けつけた被告補助参加人の従業員及び電気工事業者須田哲夫が立ち会つて、本件エレベーターの点検調査が行われたが、外扉が密閉に近い状態でかごが呼出しに応じて移動するという事態が発生し、被告補助参加人は、外扉を完全に閉まるようにするため、終端戸締装置に重りを付けて事故の再発を防止する措置を講じた。

2  ところで、建築基準法三四条一項は、建築物に設ける昇降機は安全な構造でなければならない旨規定し、これを受けて、同法施行令一二九条の九がエレベーターの安全装置の設置義務を定め、その安全装置の一つとして、かご及び昇降路のすべての出入口の戸が閉じていなければ、かごを昇降させることができない装置(一項一号)並びに昇降路の出入口の戸は、かごがその戸の位置に停止していない場合においては、かぎを用いなければ外から開くことができない装置(一項二号)を掲げている。しかるに、前記認定事実によれば、本件エレベーターは、手動式外扉が完全に閉まつていない状態で、かごを移動させる電流回路が作動し、他階の呼出しに応じてかごが呼出階まで移動してしまい、密閉していない外扉が手動で容易に開いてしまう状態にあつて、かごが一階に来ていないにもかかわらず、外扉が開いてしまつた結果、本件事故が発生したものというべきであり、本件エレベーターは法令上の安全装置を具備していない欠陥があつたことは明らかである。そして、本件エレベーターは、被告の所有かつ占有する本件工場内に設置された建物の構成部分であり、民法七一七条一項にいう土地の工作物に当たるところ、右のような設置又は保存の瑕疵があつたため、本件事故が発生したものであるから、被告は、右規定に基づき、本件事故により原告が被つた損害を賠償すべき責任がある。

三  次に、請求原因3(原告の傷害及び治療経過)の事実についてみるに、《証拠略》によれば、原告(昭和一六年生の男子)は、平成三年四月一六日の本件事故の発生後、直ちに市原外科内科で受診し、右踵骨骨折、左足関節捻挫と診断されて治療を受け、ギブスを装着された後、さらに城北接骨院で受診し、同年六月二八日まで固定具を付け、平成四年一月七日まで通院治療(実治療日数一一九日)したことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。原告は、その主張のような後遺症が残存した旨主張し、《証拠略》中には右主張に沿う記載及び供述部分があるが、この点に関する診断書の記載と対比してたやすく信用することはできず、他に右主張を認めるに足りる的確な証拠はない。

四  進んで、請求原因4(損害)の事実について判断する。

1  治療費、装具代及び診断書代

《証拠略》によれば、原告は、労災保険からの療養補償給付により填補された分を除き、治療費、装具代及び診断書代として、市原外科内科に四九二〇円、城北接骨院に一三万〇一六〇円の合計一三万五〇八〇円を支払つたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

2  医療機器代

《証拠略》によれば、原告は、城北接骨院の指示により電気治療機器を購入し、その代金一九万八〇〇〇円を支出したことが認められるところ、これは本件事故と相当因果関係のある損害というべきである。

3  通院交通費

《証拠略》によれば、原告は、前記通院のため、平成三年四月一六日から同年一〇月二九日までの一〇〇日間はタクシーを利用して一六万円(一往復一六〇〇円)を支出し、その余の一九日間はバスを利用して一万三六八〇円(一往復七二〇円)を支出したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

4  休業損害

(一)  原告は、前示のとおり、長男と従業員一名を使用して金属回収業を営んでいたところ、《証拠略》によれば、原告は、右営業により、平成二年度において、その主張する一一三五万五七七二円の純益を挙げていたことが認められるから、本件事故の当時も、これを下らない収入を得ていたものと推認するのが相当であり、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(二)  原告は、本件事故により、前記通院期間である平成三年四月一六日から平成四年一月七日までの二六七日間にわたつて休業を余儀なくされた旨主張するので、検討するに、《証拠略》を総合すれば、原告は、本件事故後、被告代表者から、本件工場の竣工式が行われて間もないのに、本件エレベーターで人身事故があつたとなると、監督官庁の立入検査などにより操業に支障を生ずるおそれがあるので、事故を公表しないで欲しい旨要請されたこと、そこで、原告は、長年の取引先でもあることから右要請に応じ、中小企業主として自らが加入している労災保険に対し、階段からの転落事故という自過失により傷害を負つたものとして給付を請求することにして、城北接骨院にもその旨の診断書を作成してもらつたこと、原告は、右労災保険から、平成三年八月三〇日に同年四月一六日から同年六月二〇日までの休業補償給付六〇万四八〇〇円及び休業特別支給金二〇万一六〇〇円の給付を受け、さらに、同年九月一三日に同年六月二一日から同年七月一六日までの休業補償給付二四万九六〇〇円及び休業特別支給金八万三二〇〇円の給付を受けたこと、原告は、同年秋ころから事務の仕事を始めたが、いつまでも自過失転落事故として労災保険給付を受けるわけにもいかないと考え、同年一〇月一四日、被告補助参加人に対し、本件事故の損害賠償請求をしたこと、被告補助参加人が安田火災海上保険株式会社の賠償責任保険に加入していたことから、同社あての城北接骨院の診断書が作成されたところ、平成三年一一月一四日付診断書には、就業が全く不能な期間として固定具を使用していた同年四月一六日から同年六月二八日までとする記載とともに、原告の傷害が同年一〇月二九日には治癒した旨記載されていること、なお、平成四年二月一三日付診断書には、同年一月七日に治療を中止した旨の記載がされていることが認められる。

右認定事実に照らせば、原告がその主張のように通院全期間について休業を余儀なくされたということはできないが、他方において、被告補助参加人が主張するように、原告が請求した休業補償給付の終期である平成三年七月一六日までを休業期間であると割り切ることも妥当を欠くというべきである。そこで、前記認定のような本件事故の態様、原告の年齢、傷害の部位・程度、治療経過、事故の前後における稼働の態様等の諸事情を勘案すれば、本件事故と相当因果関係にある原告の休業期間は、平成三年四月一六日から診断書に治癒した日であるとして記載されている同年一〇月二九日までの一九七日間と認めるのが相当である。

(三)  したがつて、前記(一)の収入金額を基礎にして原告の休業損害を算定すると、右一九七日間分につき合計六一二万九〇〇五円(円未満切捨て)となる。

5  慰謝料

前記認定の原告の傷害の部位・程度、通院期間等の諸事情に照らすと、原告が本件事故により余儀なくされた通院についての慰謝料は、一二五万円をもつて相当と認める。原告は、通院期間のうち平成三年四月一六日から同年六月一六日までの固定具使用期間は、入院の場合と同程度の苦痛があつたので、入院に準じた慰謝料が相当である旨主張するが、右主張を採用することはできない。また、原告主張の本件事故による後遺症の残存を肯認し難いことは、前示のとおりであるから、これに対する慰謝料を認めることもできない。

6  過失相殺

前記認定事実によれば、原告は、本件事故当時、自ら操作して本件エレベーターを利用するのは初めてであつたが、かご表示灯でかごの位置を確認することなく外扉の把手に手を掛けて横に引いたところ、容易に開いたので、そこにかごが来ているものと信じて足を踏み出した結果、右事故に遭遇したものである。しかし、本件エレベーターの位置及び構造等からすれば、外扉が開いた時点で原告の眼前は暗闇ないしそれに近い状態であつたと推認されるのであり、このような場合において、エレベーターの利用者としては、何らかの異常に気付き、かごが来ているか否かを疑つてしかるべきであり、そうとすれば、原告は、かごの位置を確認する義務を怠つたものといわざるを得ないから、右過失を斟酌して原告の損害賠償額を算定すべきものである。そして、前示のとおり、本件事故は本件エレベーターに前記法令違反の瑕疵があつたことに主な原因があり、右瑕疵がなければ本件事故は発生しなかつたものであることなど諸般の事情を総合考慮すると、原告の過失割合を三割と評価するのが相当である。したがつて、原告の損害額は、前記1ないし5の合計七八八万五七六五円に対して右過失相殺をした五五二万〇〇三五円(休業損害四二九万〇三〇三円、その余の損害一二二万九七三二円、円未満切捨て)となる。

7  損害の填補

前記認定のとおり、原告は、労災保険から、休業補償給付として合計八五万四四〇〇円、休業特別支給金として合計二八万四八〇〇円の給付を受けたものである。ところで、労災保険が給付されたときは、被害者の加害者に対する損害賠償請求権は、右保険給付と同一の事由(労災保険法一二条の四)については損害の填補がされたものとして、その給付の価額の限度において減縮するものであるところ、原告に給付された休業補償給付及び休業特別支給金と同一の事由の関係にあるのは、財産的損害のうち消極損害(逸失利益)のみであるので、右給付額は右損害からこれを控除すべきである。

この点について、原告は、本件事故を自過失による転落事故として届け出て労災保険の給付を受け、第三者行為災害として届け出ていないから、被告及び被告補助参加人は政府から求償権を行使されることはなく、損益相殺されるべきではない旨主張する。しかしながら、労災保険法一二条の四の規定は、損害賠償義務と保険給付義務とが相互補完の関係にあるとの前提に立ち、同一の事由による同一の損害の二重填補を排除する趣旨に出たものであり、原告は現に休業補償給付を受けた以上、当然に損害賠償請求権をその分だけ失うことになるのであつて、このことは、労災保険の受給権者たる被害者が、支給事由を自過失による事故として届け出たか、第三者行為災害として届け出たかによつて左右されるものではないから、原告の右主張は採用することができない。原告は、さらに、休業特別支給金は、その給付の性質上、損害の填補を目的とするものではないから、損害額から控除することはできない旨主張するので、この点につき検討するに、確かに、労働者災害補償保険特別支給金支給規則三条に基づく右支給金は、原告主張のように労災保険法二三条に定める労働福祉事業の一環として支給されるものではあるが、本来的給付である休業補償給付(同法一四条)と支給事由を同じくし、実質的には同給付の給付率を引き上げたと同じ役割を果たしており、同給付を補う所得的効果を有するものであるから、同給付と同様にこれを休業損害から控除するのが相当である。したがつて、被告の賠償すべき損害額は、原告が給付を受けた前記休業補償給付及び休業特別支給金の合計一一三万九二〇〇円を過失相殺後の前記休業損害から控除した三一五万一一〇三円及びその余の損害一二二万九七三二円の合計四三八万〇八三五円となる。

8  弁護士費用

原告が本件訴訟代理人に本訴の提起・追行を委任したことは、本件記録上明らかであるところ、本件事案の内容、認容額等を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害額は、四五万円と認めるのが相当である。

五  結論

以上の次第で、原告の本訴請求は、被告に対し、四八三万〇八三五円及びこれに対する不法行為の日である平成三年四月一六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 篠原勝美 裁判官 吉田健司 裁判官 鈴木順子)

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